
人間は考える葦である。
この言葉は早熟の天才と言われたフランスの哲学者ブレーズ・パスカル(1623年〜1662年)が言った言葉ですが、最近良い意味でですが考える事が多くて困っていますw
人間は考える葦である。を読み解く
実はパスカルが言ったこの言葉の前には
「人間は、自然のうちで最も弱い一本の葦にすぎない」
というフレーズがあり、その言葉と並行してこの「人間は考える葦である。」という言葉を見ると見えてくるものがあります。
『葦(アシ)』はヨシとも呼ばれていて、水辺に群生しているススキに似た穂をつける多年草で、一般的に弱々しいものを代表して指していいます。
この言葉の手前の意味は、人間という生き物はあまりにもこの広い宇宙の中でちっぽけな存在であり、地球の中で見てもあまりにもひ弱な生き物であり、弱い面もたくさん持っているんだと。
しかし、その後の言葉『考える葦である』というのは、けれども人間は弱いからこそ『考える』という働きを持っていて、その能力があるからこそ逆に偉大であるという事をパスカルは伝えたかったのだと思います。
日本にいるプチ起業家こそ『考える葦』であらなければならない理由
人間は折れやすく、壊れやすく、儚いものであるからこそ「考える」事やめてはならない。
今、パスカルの言葉に反して現代は、なんでも揃いすぎていて考える必要がない時代になっているからこそ気を付けなければいけないような気がします。
物や情報が溢れすぎて自分で考えて選ぶ必要がないという事は、裏を返せば判断を無意識に委ねているという事にも当てはまります。
僕の家にアレクサがあり電気を消したりTVをつけたり、音楽をかけたり、今日の天気を教えてくれたり便利です。スマートホン(携帯)もGoogle先生に聞けば何でも教えてくれて分かった気になれます。
でもこのパスカルが言いたい事の本質というのは、決して周りに頼るだけ、依存ばかりするのではなく、
自分で動いて感じるという努力を忘れてはいけない。
という事なんだと思います。
何でもある現代だからこそ、
「何がしたいか分からないし、やりたい事があるわけでもない」
「自分に何が出来るのか、何のために生きてるのか分からない」
といった人はこの現代社会では年々増えていっているそうです。
便利は不便という言葉があるように、『便利』さが人間の考えるという偉大な思考を奪い、結果『不便』にさしているような気がします。
昨日のブログにも書いた、『物事の本質を見る力』。これをやはり養うためにも今ある既存の便利な情報やものに使われるのではなく、自分と対話するアナログ思考をもっと持ちながら動く事が必要だと感じます。
プチ起業後に『考える』事が増えるのは当たり前
現在僕の会社BUGSYでは、WEB制作を始めWEB制作後のSNS運用等WEBマーケティング全般のお手伝いを、クライアントに寄り添いながら弊社のプログラマーやデザイナーが自らクライアントに提案しながらクライアントごとにチームを作ってWEBの集客や問題解決のお手伝いをしています。
その中でそれぞれのクライアントの業種は違うのは勿論、同じような業種でもWEBでしたい集客内容や考え方は違うため、クライアントに合わせた提案というのは、クライアントの業務の事をより多くヒアリングさせてもらう事で見えてくるものがあります。
中四国エリアのWEB制作やWEB集客全般に困っている顧客を主にターゲットにしている会社であり、会社自体が広島にある中でおかげ様で弊社とお付き合いしてくれるクライアントの件数も増えてきました。
クライアントに関しての多くは、僕自身が筆頭にチームを組んでクライアント一緒にWEB集客のお手伝いをしているのですが、チーム力を拡大しながらクライアントが増えていく中で弊社のWEB制作やWEB集客におけるサービスの質がより強固なものになるように、常に最良を求めスタッフと話し合いながら日々『考える葦』になっています。
二日連続で同じようなブログになりましたが自分に言い聞かす意味でも大事な事です。
では、今日はこの辺で。
4年後の2024年11月11日まで
あと1355日‼
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